ネガティブワード

                              <p> 以前、ブックレビューをやって困ったことは、褒める頻度よりはけなす頻度の方がずっと高いということでした。<br />
 書いていても、ネガティブなことは、楽しくない。その本に関わった多くの人の労力やら、作者の努力みたいなことにまで無駄に思いを馳せてしまったりすると、何も創作的なことをしていない自分が上からモノを言うみたいなのは失礼なんじゃないか?と思ってしまうわけです。<br />
 でも、だからといって楽しくなるために、無理に褒めるわけにもいかない。</p>

<p> 結局のところ、自分の評価は、とても不確定なもの。<br />
 何かをこらーダメだ、と思ったとしても、それは自分が勘違いしていたり、視点が不足していたり、要するに自分に至らない点があるせいで、良く評価できていないだけなのかもしれない。しかし、人格が完成するまで待っていたら、それこそ死ぬまで何も言えなくなってしまう。</p>

<p> だからこそ、何も言わないという選択が魅力的で、私はずっとそうしてきたような気がします。他人やその作品を、あえて自分の時間を使って貶めなくてもいいじゃないかと。</p>

<p> でも、自分が読み手に立つ場合、批判が有益でないということはなくて、むしろポジティブな意見の方が、安直に書かれがちな気がします。あらかじめネガティブな情報を得たいケースもあるし、何よりも良いテキストは、批判的な論調であることによって、その価値が損なわれるわけではないですし。問題はそういうテキストが書けないことにあるわけですが。</p>

<p> という、どうでもよい逡巡を経て、レビューなコンテンツもこしらえていこうと思った次第。どなたかのお役に立ちましたら。</p>

この記事について

このページは、ruruが2006年10月 7日 18:16に書いた記事です。

ひとつ前の記事は「街宣カーで流したら、その人には入れません 」です。

次の記事は「Dear Mama」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

カテゴリ

ウェブページ

Powered by Movable Type 6.2.4