2003年10月アーカイブ

バタ臭い

今日は「バタ臭い」について考えてみよう。

バタ臭いと言う言葉は様々な対象に対して使われるようだが、 今回は特に顔の傾向について述べた場合について考えてみる。 どのような顔が「バタ臭い」のだろうか?

「バタ臭い」の語源はもちろん「バター臭い」で、 辞書によると「西洋風な感じがする。また、西洋かぶれしている。」 という意味だそうだ。 それを顔に用いた場合はやはり日本人よりも西洋風に近い、 つまり彫りの深い濃い顔立ちだということになる。
「ソース顔」(反対は「しょうゆ顔」)という言葉が近いのかもしれない。

それでは「バタ臭い」顔の人はどんな人がいるだろうか? 「バタ臭い」と言って思いつく人を聞いてみた結果はこうだ。
・山本リンダ
・平井堅
・郷ひろみ

確かになんとなく共通点が見えてきたような気がする。

と思ったとき、私の理解を根底から覆す例が私の目の前に立ちはだかった。

「バタコさん」

全然濃くない。むしろすごく淡泊。

ということで、「バタ臭い」という言葉についての理解は振り出しに戻ったのだった。

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牛に引かれて善光寺参り

「牛に引かれて善光寺参り」
聞いたことはあるが、どういう意味かはよくわからないことわざです。

そこで今日は、日常会話の中に「牛に引かれて善光寺参り」 をさりげなく盛り込むことができる、そんな知的なオトナになってみちゃおう!って感じです。

まずこのことわざがどういう意味かですが、 かいつまんで言うと
「強欲おばあさんが干してた布を牛が角に引っかけて逃げていくのを追いかけていくと 善光寺のお堂に入って行ってそこには牛のよだれでありがたい歌が詠まれてて それを読んだおばあさんは欲を捨てて仏心に目覚めちゃって大往生、 ちなみに布は近くの観音堂の観音様の体にかけられてるのを後日発見牛は布引観音様でした」
ということです全然かいつまめてませんね!
(参考:牛に引かれて善光寺参り

さてこれをどのように日常会話に活かすかですが、 いくつか例を挙げてみましょう。

A:「それじゃあ今日は『牛に引かれて善光寺参り』としゃれこもうじゃないか。」
B:「いいですねー」

解説)よくわかりません。

A:「昨日布干してたら、牛が角に引っかけて持ってっちゃって、 追いかけてったらいつの間にか善光寺に着いてましたよー。」
B:「キミキミ、それじゃあまるで『牛に引かれて善光寺参り』だよ!ハッハッハ!」

解説)「まるで」じゃありません。

ということで、私のオツムではこのことわざをさりげなく日常会話に取り込むことは 困難が伴うことが判明しました。

読者の皆さんの「こんなとき言えばいいのではないか」 「こんな使い方あるのではないか」といった意見をお待ちしています。
それではまた来週!

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社会の窓から

先日電車の駅のホームを歩いていると、 こうばしすぎる香りを発散しつつ雑誌リサイクル市場活性化系のおぢさんがいた。

おぢさんはホームにあるゴミ箱の側に立ちつつ、 そのつぶらな瞳を歩いている人々に向け、 ごく自然な動作でゆっくりと右手でチャックを下ろしていた

即座に私の頭で危険信号が点灯した。
これは見ていてもあまりいいことが起きないぞ! いきなりチャックから白いハトが出てきたり 小さい旗がたくさんついている糸がどんどん出てきたりといったことは起きないぞ! と思った。

そしてその時、この状況で同伴者に警告を発するのが非常に難しいことに気づいた。

・「あそこでおぢさんがおもむろにチャックを下げち○ち○を取り出そうとしているので、 見ない方がいいですよ。」

絶対見てしまいます。

・「ゴミ箱の方、見ない方がいいですよ。」

「なんで?」と言いながら反射的に見てしまいそうです。

・「あ!」(と言いつつ驚いた顔でゴミ箱がない方を指さす!)

「え?」(そっちを見る)
これならうまくいきそうだ。

しかし一瞬でそんなに考えが回らなかったので、 同伴者はしっかりとソレを目撃し「茶色かった」と感想を述べましたとさ。

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電波○ん○ん

「電波○ん○ん」
○の中にひらがなを一文字入れるとしたら何か?

難問である。

単純に考えれば「び」あたりが適当なのではないかと考えてしまう。
「電波びんびん」。語感もいい。
田原俊彦主演の「教師びんびん物語」というドラマもあった。 ち○こ以外のなにがびんびんなのかよくわからなかったが(ウソ)。

閑話休題。
しかし最近ここに新しい風が吹き込んできた。
「ゆ」である。 「電波ゆんゆん」

この言葉は2ちゃん用語として広まってきたようなのだが、 元は青陵情報高校の校歌なのだそうである。一番から歌詞を少し引用しよう。

「発信しよう 激しい愛を」
「発信 ゆんゆん 発信 ゆんゆん」

何かこう、すさまじいエナジーが発信されているのを感じる。 この部分以外にも、含蓄があるフレーズがいっぱいの歌詞である。 映像版、midi版もダウンロードできるので、ぜひ一度皆さんの目と耳で確かめて頂きたい。
ちなみに2番が「受信 よんよん」3番が「交信 やんやん」である。

情報高校だから、そういうフレーズを交えようとしたという意図は伝わってくるのだが、 なんというかこう、ねぇ。

最後にいつも通り「電波びんびん」についてGoogleさんに聞いてみたところ、 115件ご存知であった。 これに対し「電波ゆんゆん」では2600件ご存知だった! もちろんトップは青陵情報高校の校歌のページ。 さすがGoogleさん。

というわけで時代は「ゆんゆん」に移りつつあるということである。
(注:公の場では使用しないようにしましょう)

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バタバタする

今日は「バタバタする」について考えてみよう。

いやー、ちょっと忙しくてこの前言われたことやってなかったんスよホントっスよ忘れてたわけじゃなくってホントに忙しかったんスよ、 というニュアンスを出すときに使われるのが、この「バタバタする」で、 「いやー、ちょっとバタバタしちゃってて。」というように使われる。

さて、そこで問題となるのがバタバタしている主体は一体何か、ということである。 一つヒントとなるのが、アンパンマンのエンディングテーマにおけるバタ子さんの紹介フレーズにある、 「バタバタ走るよバタ子さん」である。 走るときに使うのは当然足なのだが、手も動かさないと走れないし、 「手足をバタバタする」という言い回しもあるくらいなので、 全然ヒントになっていないことに気づいて愕然としてしまうわけである。

というように一般的にバタバタさせるのは手や足なわけだが、 では忙しい人が手足をバタバタさせているかというとそんなことはなく、 手足をバタバタさせるのに忙しいのは欲しいものを買ってもらえないお子様ぐらいである。

では大人が忙しいときにバタバタさせるのはどこなのだろうか? とGoogleさんに聞いてみたわけだが、「んなもん知るか」と言われてしまいました (元ネタ:ショットバイショットさん「三郎アクセス」)。

ということで独断と偏見で、バタバタする部分はランゲルハンス島に大決定!

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ガッツゴリラ

この最も大事な位置にガッツポーズをするゴリラが表示されていることに何の意味があるのだろうか?答え:何もありません。こんなところまでお読みいただきありがとうございました。

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